昨日の記事について、てれすどん2号さんからいただいたコメントの中に、『ヒカリサーガ』における「アーブギア」の解釈について……、ヒカリサーガの脚本、小林雄次さんのブログhttp://blog.livedoor.jp/scenarioland/で少しは意味はわかるかも。 という情報があったので、さっそく観に行ってきました。 なるほどねぇ、そういう解釈なんですか……。 でも、そうは観えなかったぞ……っていうか、「怨念」って言葉使っちゃってる時点で間違いだと思うんだけど……。 その言葉を使っちゃうことで、アーブの知性体は、結局「怨念」を抱くような存在だったんだと思えちゃう。 だから、滅びた後は何一つ(残留思念すら)残っていないアーブの大地から、「彼」自身が鎧を作るべきだったと思うんだけど……。 まぁそれはともかく、細かい演出っていうか、解釈以上に気になったのが、昨今のクリエイターの姿勢……。 あ、これは別に小林さんに対する個人攻撃ではなく、一般的なお話として……。 たとえば、本編で語りきれないことがあれば、「外伝」や「番外編」で、それでもまだ言い足りなかったら、個人のサイトやブログで補完するという傾向が顕著なのは、クリエイターとしてどうなのかなぁと……。 今回の『ヒカリサーガ』の場合は、タイアップという「大人の事情」もあってのことなので、止むを得ない部分もあるのは重々承知していますが、「彼」とアーブの関係は、本編で充分に語られるべきであったし、観た人に自分の意思とは違った解釈をされたことに対して、クリエイター本人が自分のブログで解説するっていうのはいかがなものかと思うんですが……。 「ビデオソフト」が一般的になって以降、「映像特典」と称して映画のメイキングなどが公開されることが増えました。 ただ、ボクの映画の師匠である叔父に言わせると、 「映画のメイキングを見せるということは、自分の子供を紹介する時、その子を作った時のセックスの仕方を発表するようなものだ」 という意見で、真っ向から否定していました。 まぁ、ボク的にはそこまで言うつもりはありませんが、叔父が言いたかったことは「映像作品は、完成した『作品』がすべてである」ということで、その点については、賛成できます。 「作品」は、完成した時点で観る者の手に委ねられる。「メイキング」で手の内を見せたり、何らかの「補完」をしたりすべきではないというのが、ボクの考えというわけです。 誰が観ても、納得できる作品を作ること……。 「外伝」や「ブログ」などで、後から「補完」することなど一切考えずに、「作品」に全力投球すること……。 それが今のクリエイターの皆さんに対して望むことです。 とりあえず、『ヒカリサーガ』については、「ウルトラマンヒカリが主役のストーリーも見てみたい」と思っていたし、そういう作品が作られたという事実そのものは、大歓迎です。 ですから、今後の展開にさらなる期待をしたいと……。 「SAGA2」、「SAGA3」では、オリジナリティーに溢れた「ヒカリワールド」を展開して欲しいです。 |
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